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出会えた命の足跡
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2018年12月03日 (月) | 編集 |
コリ

コリーヌは旧那須動物王国に入る為に、数多くのフランスから輸入した犬の1匹です。

来た時がすでに1歳近く、それまでの経緯は全くわからないですが、とにかくピレネー独特の気難しさが満載でした・・

人に吠えたり、ぶっ飛んだり、すぐに高熱を出しては食欲がなくなって、回復したら爆食したり、食糞したり・・・と

これは旧那須動物王国みたいに、お客さんとふれあいなんか出来ないな・・・と思っていたら、案の定、たった3ヶ月で北海道に出戻ってきました・・。

ゲッソリ痩せて帰ってきたのをとにかく食べさせて、最低限の「来い・マテ・座れ」等を教え、いろんな人に慣れてくれるようにしてましたが、40℃近くの高熱を出すことを繰り返すのを徹底的に突き止めたら、脾臓に腫瘍があり、それを摘出手術した後は健康になって、徐々にですが穏やかになりました・・

大学の時から休みの度にアルバイトに来てたHくんが晴れて入社した際、意を決して、コリーヌとバーニーズのエレーンを託してみました・・。

彼は関西出身で、誰ともフレンドリーが幸いしてか、コリーヌもすぐに受け入れ、誰かれ構わず吠えることもなくなり、ツアー客の小さなお子さんでもスキンシップが出来るように成長しました



時は流れ・・・、
2004年3月に東京動物王国が開国され、浜中で私とそのHくんは馬の関係でまだ移動せずに北海道に残ってましたが、とうとう9月に彼はコリーヌや他の犬と馬と共に移動し、私一人、寝たきりのボスと5匹の犬と浜中で生活してました・・

その3か月後、珍しくコリーヌが私の夢に出てきたので、「初めての場所でまたパニクってないかな~・・」と心配してたら、胃捻転で亡くなったと知らせが入りました・・・

コリーヌは最期に私に別れを言いにきたんでしょうか・・・

   
コリーヌ、お疲れ様でした・・  ありがとうね       

     2004年12月3日  享年7歳
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2018年11月25日 (日) | 編集 |
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ナギは、アスカが最初で最後の出産の2006年5月5日に産んだ子です。

その当時の王国は経済的にいろいろあって結局、7月に退国する時に、生後2か月のやんちゃ盛りのナギを含め5匹を私が引き取りました・・・・

辞めた王国メンバーと一緒に動物保護シェルターを設立しようと1年間奔走してましたが、思うようにいかず、東京王国での後半はほとんど給料未払いだったので、貯金もなく、親にも借金、知人にも借金、ローン会社にも借り、挙句の果てに5匹を乗せた車で事故り、そこで限界を感じてしまい、育ち盛りのナギを育てていく自信も体力もなかったので、ムツさんが東京王国を立て直すと耳に入り、辞めずに頑張ってた信用できる後輩に引き渡しました・・・

ですが、間もなくしてやはり閉国となり、後輩はナギと共に実家に連れてって大事に育ててくれてました



今年の5月、保護したパグののりちゃんと一緒に、サマーランドのドックランに行った時・・・、(上記の写真)

ナギがやたら水をガブガブ飲むので、病院で検査した方が良いんじゃない?と忠告したら、その後、やたら吐くようになって診てもらったら、重度の腎臓病と診断され、3日間入院したそうです・・・

そして血液の癌とも言われ、血液検査の数値も、ほとんど正常値がないほどの状態で、補液生活となりました・・

ナギの様子をLINEで何度も聞き、食べれるようなものを送り、今月末には会いに行く予定をたててましたが、

今日のお昼に亡くなったそうです・・


後輩は天然なところもあり、ちょっとおっちょこちょいで、ナギもそんな彼女をよく知り尽くしていて、だからか後輩のご両親もナギの事をすごい可愛がってくれたそうです・・

私はナギが1歳になるまでの大事な時、夢に奔走していて何もかまってあげることができなかったのを未だに申し訳なく思っています・・・

牧羊犬のボーダーコリーは、やはり走ってる時の顔が活き活きしてますからね・・・

  
  ナギ・・・ゴメンね・・ 

  お疲れ様でした・・  ありがとう          享年12歳
 






2018年08月01日 (水) | 編集 |



シジミは小さい頃は、ずっとボスの懐で寝て、ボスが去った後はボギーのそばにくっついてました・・

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ボギーが去った後はアスカしかいなかったですが、アスカは自分から傍に寄っていくのは良いのですが、逆に寄ってこられるのは嫌いで、怒られるのがわかっていたから、シジミは車に乗っている時以外は、絶対に傍には寄りませんでした・・

なのにアスカが死んだ時、初めて自分からアスカの傍に寄ったのを見て、シジミなりに、アスカの死を悟ったんだと思います・・

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火葬場でも、ボス、ビアンカ、ポチ、ボギー、クレア、アスカの全員を見送りました・・

一番小さな身体で、全ての死を受け入れなくてはならなかったのは辛かったでしょうに・・。

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アスカ亡き後、未だかつてしたことのない謎の行動が目につきました・・
トイレに行きたいわけでもなく、暑いのに庭に出てはボーとして、気が付くと草むらの中で寝ていることが多々ありました・・

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アスカが具合悪くなる前から、シジミの食欲がなくなり、悪性リンパ腫と判明したけど、一時的に食欲も回復した途端、アスカの死で一切の食事を拒否しました・・

あんなの大食漢だったシジミが、どんどん痩せて、骨と皮だけになる様をみるのが辛く、強制給餌をしていたのは、たんなる自分への気休めだったのかもしれません…

仕事から戻って、すぐにヨロヨロとしながらも立ち上がったシジミに補液をし終わった数分後、私の腕の中で静かに息を引き取りました・・

シジミは私の帰りを待っててくれましたが・・・
アスカやみんなの後を追って、逝ってしまいました・・


シジミはパグなのに、アジリティーが出来ました~
スラロームだって、シーソだって、細い一本橋だって・・・
小さなバケツをくわえて持ってくることも出来たし、座って待つことはアスカよりも長く出きたほど、賢いパグに育ちました・・
映像がなくて残念ですが・・・


王国で引き取った最後の犬のパグのシジミの死は、私の犬生活の終焉です

シジミ・・・・ お疲れ様でした・・    
                   
             2016年 8月1日 享年 12歳



2018年07月15日 (日) | 編集 |
もったいない 539 (2)

2003年10月21日に6匹で生まれたアスカの兄弟たちは、とにかくケンカが絶えなかったのです・・。
その2週間前に生まれたパグのシジミたち兄妹を、子犬同士なのにマジ喧嘩で担当者たちを困らせてました・・。

それを見ていたのもあり、翌年には東京動物王国に移動ということもあって、ボーダーは世界で一番賢い犬種と言われてるのと反対に、パグは3歩あるけばすぐに忘れてしまう・・というこの凸凹コンビを何でも出来るエンターティナーにしょうと一緒に育てることにしました。

何より私がフリスビーでもっと技を磨きたいと思い、ボーダーを引き取ったのが本音ですが、アスカもボールの方が好きみたいでなかなか上手くはいかず、東京に移動してたった一度の大会で諦めました・・。


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アスカはとにかくボーダー特有の気難しさが全くなく、犬にも人にも誰にでもフレンドリーというのが自慢でした。

犬の催しもので生後7か月のボーダーの子犬と対等に遊んだりして、先方も若いですね~と褒めて頂きましたが、すでに当時7歳過ぎてました・・。

そして底なしの食いしん坊でした・・。


亡くなる1年前くらいから頻繁に突然、倒れることが度々あり、何度も病院に行っていたのにわからずじまいで、判明した時には時すでに遅しの肝臓がん・・。

摘出手術をしたのに余命半年と言われましたが、食欲も回復し、元気も取り戻したから、大丈夫だろう・・と
安堵した途端、また貧血で倒れるようになり、2~3日寝たきりになって、手術後たった2か月で旅立ちました・・。

何より悲しかったのは、留守番が大嫌いで、いつも私のそばから離れなかったアスカが、仕事に行ってるたった2時間半の留守の間に逝ってしまったことでした・・・

最期の時、そばにいてあげられなかったのが、とてつもなく心残りです・・。

アスカは、私にはもっていない愛嬌と明るさがあり、悪賢くて食いしん坊で、外面がいいのにわがままで・・・
ベッドの右側にいつもドンと寝るアスカが大好きでした・・。

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   2016年 7月15日 享年12歳




2018年03月03日 (土) | 編集 |


東京へ移動するにあたって、先代のバセットのモンちゃんが獣医さんの薬の処方ミスで亡くなってしまったことを配慮してか、東京に来て3ヵ月後、いきなり生後6ヶ月のバセットハウンドが来ました・・

私はもうこれ以上、犬を増やすことを拒否していたのですが、大好きなバセットハウンドを目の前にすると、やっぱり心が折れてしまい、でも気持ちがまだ揺れていたので、東京王国で入った新人さんに名前をつけてもらい、「クレア」を迎い入れることとなりました・・

クレちゃんは、とにかく誰とでもフレンドリーでマイペース・・

当時、子犬で仲良しだったのが、ウィペットのトンちゃんやフレブルのくぅーちゃん、成長してからもワイマラナー軍団とな仲良くて、年齢が近いアスカやシジミとはあまり遊ばず、うちのグループ以外でよく遊んでました・・・

だから王国を辞める時、クレちゃんを置いていくかどうか躊躇しましたが、一度クレちゃんだけを残して家に帰ったら、すごい鼻をならして泣いていた・・と聞いたので、やっぱり引き取りました・・・

でも、散歩でも違う犬を見ると、とにかく遊びたくて、ドックランでもほかの犬と一緒に夢中になってボール遊びするので、発情以外はなるべくドックランに連れていってました・・

低空飛行のフリスビーもキャッチできましたが、やっぱりボールの方が大好きで、ボギーと取り合いになっても一歩も引かず、
マジ喧嘩を何度もしてました・・


発情が来るとドックランに入場できないので、知り合いの獣医さんが故郷で開業する前に、アスカ、シジミ、クレアの3匹をいっせいに避妊手術をしてくれるというので、お願いしたのです・・。

最初に、パグのシジミをしてもらい、その数日後にアスカとクレちゃんを2匹同時にしてもらいました。

アスカは麻酔後すぐに目覚めたのですが、クレちゃんはなかなか起きてこなくて、「個体差かな・・・」と呑気にしていたのが、そもそもの間違いでした・・・

夜中の2時過ぎ・・ぼんやりと覚め・・・苦しそうに息を引き取りました・・

知り合いの獣医さんも原因を知りたくて、次の日、解剖してもらい、そしたら腹空内に大量の出血がありました・・
ですが縫合はちゃんとしてあり、手術的にはなんのミスもなく、強いていうなら発情終わりだったのが要因・・

今まで何匹も去勢・避妊手術を経験したし、自分でも獣医監修の下で実際に手術したこともあって、まさか避妊手術で死んでしまうなんて思いもしなかったのです・・・

過去に王国でパグが去勢手術の際、麻酔の関係で死んでしまったことを聞いていたので、だから最初にパグのシジミをしてもらい、クリアしたので大丈夫だと・・・・

何より私がもっと早く麻酔から覚めないのを不審に思って気づいていれば・・・という後悔ばかりでした・・

クレちゃんは、先代のモンちゃんとは違って、全く病気知らずで健康そのものだったのに、なんともやりきれないです・・

獣医さんは、故郷に帰る前にわざわざ立ち寄ってくださり、クレちゃんに花を手向けてくれました・・・


大好きなバゼットハウンドなのに、2度も突然失ってしまい、何とも言えない虚しさだけ残っています・・・

許されるならもう一度、バゼットと暮らしたい・・・・

今度こそは長生きさせたい・・・と  

クレちゃん、ゴメンね・・・

大好きだったよ・・

          
          2011年 3月3日  享年 6歳