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出会えた命の足跡
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2019年12月04日 (水) | 編集 |
IMG_0101 (1)



コルとリカは姉妹で捨てられ、小さい頃からずっと2匹で馬房で生活していたそうです・・

馬房・・というから馬が出入りするのは全然問題ないのですが、他の犬が入ってくると、それはすごい剣幕で吠えて寄せ付けませんでした・・
完全に自分たちのテリトリーで、ご飯を持っていく時しか接点がなく、2匹仲良いおばあちゃん犬という印象でした~


王国の夕ご飯は母屋の台所でみんなで食べるのですが、その時に先輩が、
「今日、リカちゃんがご飯を全く食べなくて、具合悪そうだから母屋に入れたんだけど・・・」
それを聞いた犬担当の一番の先輩が一言・・
寿命じゃない・・・?」  


そしてみんな食べ終わると、それぞれお風呂に入ったり、テレビを見る以外はほとんど自分の部屋に戻っていきます・・

具合悪いリカちゃんはポツン・・と横たわっていて、誰一人見ていなく、王国に入ってまだ2カ月足らずの私は何も出来なかったですが傍についてました・...

しばらくすると呼吸が荒くなり、大きく息を吸った後、大と小をした後、そのまま動かなくなりました・・

私は初めて犬の死を目の当たりにして、すぐに先輩を呼びに行きました・・・

その時は本当に寿命だったのか、もしかしたら病院に連れていったらもっとなんとかなったんじゃないか・・・と、

リカちゃんとの思い出は全くないのですが、衝撃的な死に目で未だに鮮明に覚えています・・・

・・・と同時に、冷たく言い放った「寿命じゃない・・?」という言葉は、私の中で、何かが違う・・・と感じた始まりでした・・



   1989年 12月4日 逝去  11歳


リカちゃん亡き後はコル1匹で寂しそうなので、母屋の台所に入れてもらうことができ、猫と一緒に余生を送り、16歳まで頑張りました・・・・。

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2019年07月17日 (水) | 編集 |


バーニーズマウンテンドックのエレーンは、1998年2月に旧那須動物王国の為の輸入犬で、もう1匹の姉妹のメスと一緒に、生後6ヵ月ぐらいで来ました・・。

輸入時の名前が、「イレーヌ」と「マチルド」と呼びにくいので、
「エレーン」と「バーニー」に替えてしまいました・・

本当ならば2匹とも那須だったのですが、1匹は北海道に残すことになり、私も後輩に託すまで、1年ぐらいしか担当しなかったです・・

エレーンはとにかく天真爛漫で誰とでも仲良くできる本当に性格の良い子で、両手を広げて、「エレーン~」と呼ぶと、尻尾をブンブン振りながら飛び込んでくる、健気で可愛い子でした・・。

最低限のしつけを入れてから、翌年に入国した関西人のHくんに、ピレネーのコリーヌと一緒に担当を任せ、2000年に旧那須動物王国のオスと交配し、1度の出産経験で4匹産みました・・

私が王国を辞めた1か月後に亡くなり、2006年7月18日 9歳でした・・



 余談ですが・・・、
一昨年受けた講座で、犬・猫の癌研究をしている獣医さんが、「バーニーズロングライフプロジェクト」というのをされています。

バーニーズマウンテンドックは犬種の中で一番、癌になりやすいとのことで、ドックフードメーカーと協力し、癌ににならないフードを研究開発し、バーニーズに食べさせて、1年に1回、動物病院で健康診断を受けてそのデーターが欲しいそうです。

その研究にとてつもなく興味があるので、その為にバーニーズを飼おうかと思いましたが、自分の年を考えると無理ですね・・
是非、バーニーズーを飼われてる方、今後の犬猫の為に、良かったらご協力してみてください




2019年07月15日 (月) | 編集 |


私が王国に入って1年目で、初めて生後2カ月の子犬を担当したのが、このセントバーナードのボス5世でした・・

当時、一番信頼していた先輩が中標津に異動になり、「ムツさんに言ってあげるから、フルゾノも中標津においでよ!」と声をかけてもらいましたが、その矢先にボスが来たので、私はこの子を最期まで看取るまで絶対に王国を辞めない・・という信念をもちました・・。
・・・と言っても、すでに6匹の犬を担当していて、簡単に移動や辞めたりもできないし、バーナードの寿命は長くても10歳いくかいかないか・・と思ってました・・

ボスは先代のバーナードに比べて小ぶりで、最盛期でも55キロしかならなかったですが、それでも私と同じくらいの体重なので、寝たきりになると独りで運ぶのは、とにかく大変でした・・

性格は穏やかで、自分からケンカをすることはほとんどなく、誰からも愛され、優等生でした・・。
逆にボス以外に、ケンカっぱやい手のかかるピレネーや、脱走したりする犬がいたからか、必然的に優等生にならざるを得なかったのかもしれません・・

ボスは王国にとってシンボル的な存在ということもあり、必ずイベントになると、ボスのまわりにはいつも人だかりでいっぱいでした・・。

ボスもその役割を認識しているのか、大人しくジッとしていて、たくさんの人に触られてると、横にいる私までが人だかりで押しのけられ、ちょっと離れた場所でその光景を見ていると、ボスは私がいないことに気づき、、立ち上がってキョロキョロと私を探すので、「ここにいるよ~・・」と声をかけると、安心してまた伏せて、仕事に従事している・・という感じでした

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ボスは1993年に2回出産して、計6匹を世にだしました・・。

5月に4匹産んだ後、具合が悪いので病院に行くと、1匹が産まれてこないでお腹の中で腐っていると判明し、開腹手術したその際に、「子宮の状態が悪いので、続けて産ませた方が良い・・」との獣医さんの判断で、超大型犬でしたが、12月に2回目の出産で2匹産みました・・

産ませたものの里親希望が少ないし、その後の発情も良くなかったこともあり、繁殖は止めました・・。


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それから大きな病気もなく10年が経ちましたが、2003年に陰部に腫瘍が見つかり、私のベッドが真っ赤に染まる程の流血が止まらないので、高齢でしたが摘出手術をしました・・

強靭な生命力で、その後も元気に走れるほど回復しましたが、13歳になった後、寝たきりとなりました・・

ボスをこのまま北海道で安らかに看取りたかったのですが、大人の事情でそうもいかず、寝たきりのまま飛行機に乗せ、東京へと移動しました・・

先の見えない介護が1年半続き、何度も心が折れたこともありましたが、たくさんの人に見守られ、床ずれ一つもなく、眠るように逝きました・・

寝返りするのも大変だったボスが、最期は28キロになり、火葬して骨壺に入って戻ってきた時、こんなに小さくなっちゃったんだ・・と思ったら、どっと涙が止まらなかったです・・

あと2カ月で満15歳になる 2005年7月15日に大往生しました・・。

ボス・・ たくさん たくさん  ありがとう・・・  
   
               ボス 5世 14歳10カ月 逝去







2019年03月18日 (月) | 編集 |


アライグマのアリャリャは、私が王国に入って直ぐに担当を引き継ぎました・・・

もう1匹コリャリャというのも居て、この2匹はよく脱走を繰り返して、自由を満喫した後は、律儀にも小屋の前に戻ってきたそうです・・・

ただ、この2匹はとにかく凶暴で、よく長靴を噛まれていたそうで、誰が小屋に入れる?という争いがあったそうです・・

ある日、アリャリャだけ戻ってきて、コリャリャを探しに行ったら、原因がわからないですが、死んでたそうです・・

アリャリャ1匹になった後は脱走は全くしなくなり、でも凶暴は凶暴なので、ご飯のあげ方は、反対側の方に美味しいものを食べさせている間に、お水とご飯をあげるように・・と教わりました・・・

アライグマは雑食なので、主食はドックフードで、あとは王国ではたくさんお菓子の頂き物があるので、その残りをあげていたら、ブクブクと太ってしまいました~

ある日、後脚がパンパンに腫れて痛そうにしてたので、寝床に入ってるアリャリャごと、大きな袋に入れて病院で診てもらったこともあります・・・

とにかく食欲だけは旺盛だったのですが、晩年は徐々に小食になり、全く手をつけなくなった次の日に亡くなってました・・・

私はアリャリャと呼びにくかったので、ずっとアライさん・・と呼んでました・・

亡くなって初めてアライさんを抱っこして触れることができた時、なんとも言えない後悔だけ残りました・・・

     1993年 3月18日 逝去  推定10歳

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2018年12月03日 (月) | 編集 |
コリ

コリーヌは旧那須動物王国に入る為に、数多くのフランスから輸入した犬の1匹です。

来た時がすでに1歳近く、それまでの経緯は全くわからないですが、とにかくピレネー独特の気難しさが満載でした・・

人に吠えたり、ぶっ飛んだり、すぐに高熱を出しては食欲がなくなって、回復したら爆食したり、食糞したり・・・と

これは旧那須動物王国みたいに、お客さんとふれあいなんか出来ないな・・・と思っていたら、案の定、たった3ヶ月で北海道に出戻ってきました・・。

ゲッソリ痩せて帰ってきたのをとにかく食べさせて、最低限の「来い・マテ・座れ」等を教え、いろんな人に慣れてくれるようにしてましたが、40℃近くの高熱を出すことを繰り返すのを徹底的に突き止めたら、脾臓に腫瘍があり、それを摘出手術した後は健康になって、徐々にですが穏やかになりました・・

大学の時から休みの度にアルバイトに来てたHくんが晴れて入社した際、意を決して、コリーヌとバーニーズのエレーンを託してみました・・。

彼は関西出身で、誰ともフレンドリーが幸いしてか、コリーヌもすぐに受け入れ、誰かれ構わず吠えることもなくなり、ツアー客の小さなお子さんでもスキンシップが出来るように成長しました



時は流れ・・・、
2004年3月に東京動物王国が開国され、浜中で私とそのHくんは馬の関係でまだ移動せずに北海道に残ってましたが、とうとう9月に彼はコリーヌや他の犬と馬と共に移動し、私一人、寝たきりのボスと5匹の犬と浜中で生活してました・・

その3か月後、珍しくコリーヌが私の夢に出てきたので、「初めての場所でまたパニクってないかな~・・」と心配してたら、胃捻転で亡くなったと知らせが入りました・・・

コリーヌは最期に私に別れを言いにきたんでしょうか・・・

   
コリーヌ、お疲れ様でした・・  ありがとうね       

     2004年12月3日  享年7歳